磁気工学
磁気工学を用いたデバイスを使用しているため、これについても学ぶことが多い。
導出などは別ページに、本ページでは結論をまとめている。
個人的なメモであることを留意されたい。
目次
磁気モーメント
磁気モーメントとは、磁石の強さを表すベクトル量である。
磁石の強さとは、その磁石に外部磁場を与えたときにどれだけ力がかかるかである。
磁石をどれだけ小さく分割しても、磁気モーメントが残る。
これは原子1つが磁石になるからである。
最小の磁石、つまりは電子1個の磁気モーメントを特にボーア磁子と呼ぶ。
ボーア磁子は次式で表される。
\[
\mu_B=\frac{e\hbar}{2m_e}
\]
ボーア磁子の導出については次の記事にて取り上げる。
磁気モーメントの導出
磁化
単位体積内の磁気モーメントのベクトル和をとったものを磁化という。
k番目の原子1子あたりの磁気モーメントを\(\boldsymbol{\mu}_{k}\)とするとき、磁化\(\boldsymbol{M}\)は
\[
\boldsymbol{M} = \sum^{n}_{k} \boldsymbol{\mu}_{k}
\]
と表すことができる。
磁気ヒステリシス曲線
物体に外部磁場をかけると磁化が変化する。
この外部磁場と物体の磁化をグラフに表したものが磁気ヒステリシス曲線である。
磁化曲線とも呼ばれる。
横軸に磁場の強さ、縦軸に磁化された強さ(磁束密度)を取る。
磁気ヒステリシス曲線の面積は、エネルギー積\(B_{Hmax}\)つまりは磁力の強さを指す。
有名なネオジウム磁石(NdFe2B14)はこれが大きい。
(本ページにおけるヒステリシスとは、この磁気ヒステリシスを指す。)
磁性
鉄は磁石にくっつくが、アルミニウムはつかない。
このように、物体に外部磁場を与えたときに、どのような状態になるかによって分類されている。
- 強磁性 外部磁場により、同じ方向に強い磁気を持つ性質のこと。
- 常磁性 外部磁場により、同じ方向に弱い磁気を持つ性質のこと。
- 反磁性 外部磁場を与えると、逆方向に弱い磁気を持つ性質のこと。
磁石に強く引きつけられる性質とも言える。
外部磁場を0にしても磁化が残る。
純金属で室温において強磁性を示す物質は、3d遷移金属であるFe,Co,Niのみである。
低温ではGdやDyなどの希土類金属が強磁性を示す。
外部磁場を0にするともとに戻る。
外部磁場を0にするともとに戻る。
保持力
保持力とは、磁化された状態から磁化が0の状態にするために必要な力のことである。
ヒステリシス曲線でいうと矢印で示した部分である。
保持力が大きいほど(矢印が長いほど)磁化を0にしにくい物質である。
磁性体は保持力の大きさによっても分類される。
- 硬磁性体 保持力が大きい磁性体を指す。
- 柔磁性体 保持力が小さい磁性体を指す。
磁化を0にしにくい、つまりは外部磁場の影響を受けにくい物質である。
ヒステリシス曲線は以下のようになる。
外部磁場の影響を受けやすい物質とも言える。
ヒステリシス曲線は以下のようになる。
飽和磁化
強磁性体に外部磁場を0から徐々に印加していくと、強磁性体の磁化の強さは磁場とともに増大し、ある値で飽和する。
この飽和した磁化の値を飽和磁化と呼ぶ。
飽和磁化は絶対零度で一番大きい値を取り、温度を上げると次第に減少する。
ある温度で飽和磁化が0になるが、その温度をキュリー点(キュリー温度)といい、\(T_C\)で表される。
磁気異方性
形状や素材によって磁化しやすい、しにくい方向が存在する。
その性質のことを磁気異方性と呼ぶ。
棒磁石の細い部分がN,Sになっているのは、まさにこの異方性によるものである。
どんな磁性体も磁気異方性を持つ。
磁化しやすい向きを磁化容易軸、磁化しにくい軸のことを磁化困難軸と呼ぶ。
この磁気異方性は物質の形状に由来する場合と、物質の構造に由来する場合の2種類がある。
前者を形状異方性とよび、後者を内因性異方性と呼ぶ。
形状異方性は、静磁エネルギーの最小化を行うためである。
棒磁石を例にあげれば、磁性体内の反磁場が最小になるのはやはり先端に磁極が来る場合である。
内因性異方性は物質の結晶構造に由来する。
磁性体材料
有名な磁性体材料についてここにて言及する。
パーマロイ
鉄とニッケルの合金の総称。
ニッケルは35-80%程度。
見た目は鉄やステンレスと似ているが、磁気を強く引き付ける性質を持っている。低保磁力かつ高透磁率である。
パーマロイ(Permalloy)は、透磁率(permeablity)と合金(alloy)の合成語である。
スーパーマロイ
軟磁性体合金の一種。パーマロイにMoと少量のMnを添加したもの。
組成が79% Ni,5% Mo,~0.5% Mn,Feである。
非常に高い透磁率を持ち、パーマロイの10倍もあるものもある。
高感度のトランスコアに用いられている。
E-B対応とE-H対応
電場と磁場はその性質上対応しているように見える。
公式が似ているということがその証拠である。
しかし、電場と磁場を対応させて考えるとある問題が浮かび上がる。
それは、理論上磁荷というものが存在しないことである。
電場の発生源である電荷に対応するものが電流なのか、それと磁荷なのかによって対応が異なる。
現実世界を正確に表しているのはE-B対応であるが、現在の電磁気学においてもE-H対応はE-B対応と等価であるため、間違いということではない。
E-B対応
磁場は電流に起因するという考え方。
この考え方において、最小の磁石は電子を微小ループ電流とみなした磁気モーメントである。
端的に言えば、磁気モーメントを軸に考える。
E-H対応
磁場は磁荷に起因するという考え方。
磁荷の双極子モーメントにより最小の磁石ができていると考える。
端的に言えば、磁気双極子モーメントを軸に考える。
現在、このモノポールの磁荷は見つかってはいないため、便宜的に考えているに過ぎない。
しかし、磁石と磁性体のみで式が導出されるため、E-B対応のように電流が紛れ込むことがないというメリットが存在する。
単位系
磁気工学において、一つの物理量に複数の単位系が存在する。
- SI単位系
- CGS-emu単位系
SI単位系 | CGS-emu単位系 | |
---|---|---|
磁界 | [A/m] \(\frac{1000}{4\pi}\)[A/m] |
[Oe](エルステッド) 1[Oe] |
磁束密度 | [T](テスラ) | [G](ガウス) |
単位変換
- 磁束密度 1[G] = 10^-4[T] = 10^-4[Wb/m2]
- 磁界 1[Oe]=10^3/4π[A/m]
- 磁束 1[Mx] = 10^-8[Wb]
- 透磁率 1[無次元] = 4π*10^-7[H/m]
- 体積磁化 1[emu/cm3] = 10^3[A/m] = 10^3[J/Tm3]
スピントロニクス
磁気モーメントの根幹には電子のスピンが存在する。
この電子のスピンをエレクトロニクスに応用することをスピントロニクスという。
SpinとElectronicsの造語である。
巨大磁気抵抗効果
GMR(Giant MagnetroResistance)効果とも。
強磁性体/非磁性体の組み合わせからなる多層膜において、異方性磁気効果(AMR:Anisorotopic MagnetroResistive)が非常に大きく観測できること。
異方性磁気抵抗効果とは、強磁性体の電気抵抗は、電流の向きと強磁性体の磁化方向とのなす角度に依存するというものであり、電流と磁化方向が平行なときが垂直な場合よりもやや抵抗が大きい現象であることを指す。変化率は室温で数%程度である。
低抵抗状態と高抵抗状態の差を表す数値としてMR比が用いられる。MR比は次式にて表される。
\[
MR_{ratio}=\frac{R_{AP}-R_{P}}{R_{P}}
\]
GMR効果は薄膜で構成することによって50%などの大きなMR比を生み出すことができる。
NiFe合金(パーマロイ)のようなソフト磁性体であればMR素子として用いることができる。
トンネル磁気抵抗効果
TMR(Tunnel MagnetroResistance)効果とも。
GMRと同様にMR比を求めることができ、特にこのTMR効果による比率をTMR比と呼ぶ。一般に、このTMR比はGMR効果のMR比よりも大きい値を示す。
FM1の下向きスピンの電子はFM2の下向きスピンのバンドへ、上向きも同様にトンネルする。FM1とFM2が同じ物質であると仮定すると、そのフェルミ面における上向きスピンと下向きスピンの状態密度の比を\(a:1-a\)とおける。平行磁化時のコンダクタンス\(G_{P}\)と反平行磁化時のコンダクタンス\(G_{AP}\)はそれぞれ次のように表すことができる。
\begin{align*}
G_P&=a^2+(1-a)^2\\
G_{AP}&=a(1-a)+(1-a)a
\end{align*}
強磁性体のスピンがどれだけ偏っているかということを示す指標として次に定義されるスピン分極率\(P\)がよく用いられる。
\[
P=\frac{N_{\uparrow}-N_{\downarrow}}{N_{\uparrow}+N_{\downarrow}}
\]
ここで\(N_{\uparrow}\)と\(N_{\downarrow}\)は、それぞれ上向き下向きスピンの状態密度である。
この2式よりTMR比を以下のように表現することができる。
\[
TMR_{ratio}=\frac{P^2}{1-P^2}
\]
スピン分極率が異なる材料を使う場合は以下のように示すことができる。
\[
TMR_{ratio}=\frac{P_1P_2}{1-P_1P_2}
\]
これよりスピン分極率\(P\)が大きいほどTMR比が大きくなる。特にフェルミ面上に片方のスピンしか存在しない場合、つまりは\(P=1\)のときはTMR比は無限大になる。
\(P=1\)つまりはスピン分極率が100%の物質をハーフメタルという。
余談ではあるが、Feのスピン分極率は45%程度である。
TMR素子のトンネル障壁としてアモルファスAl2O3が使われていたが、(001)配向した単結晶MgOが使われるようになって以来、TMR比は室温で数百%という大きな値になっている。今までは外部磁場を印加することが一般的だったが、最近ではFM1からFM2に向けてスピン偏極した電流を流す事によって磁化を反転させるスピン注入磁化反転が使われるようになった。
スピン注入磁化反転
スピン注入磁化反転とは、伝導電子のスピンとその伝導電子が流れている物質の磁化が相互作用することに起因する。
磁化を構成する局在スピンを\(\boldsymbol{S}\)、伝導電子のスピンを\(\boldsymbol{s}\)、相互作用の強さを\(J\)とすると、相互作用のハミルトニアン\(H\)は次式によって表される。
\[
H=-2J\sum_{\boldsymbol{r}}\boldsymbol{S}\cdot\boldsymbol{s}
\]
ダイナミクスとしては以下の数式のとおりである。
\[
\frac{d\boldsymbol{M}_{2}}{dt}=\gamma\boldsymbol{M}_{2}\times\boldsymbol{H}_{eff}+\alpha\boldsymbol{m}_{2}\times\frac{d\boldsymbol{M}_{2}}{dt}-g(\theta)\frac{\hbar}{2}\frac{I_{e}}{e}
\]
現象の流れは以下の通りである。
FM1からスピン偏極した電流を流し、傾いた磁化を持つFM2に注入する。
電子のスピンがFM2の向きに傾けられるときの反作用としてスピン角運動量のトルクが対極電極の磁化にトランスファーされ、それがきっかけで磁化反転をもたらす。
ある程度大きな電流(反転閾値電流\(I_{C0}\))を流すことで磁化反転される。
この\(I_{C0}\)は次のように求められる。
\[
I_{C0}=\alpha\frac{\gamma e}{\mu_{B}g(\theta)}M_{s}(H^{eff}_{K}\pm H_{str})tS
\]
ここで\(\alpha\)はダンピング定数、\(M_{s}\)は飽和磁化、\(H^{eff}_{K}\)は異方性磁界、\(tS\)は薄膜の厚さと面積の積であり自由層の体積を示している。
\(I_{C0}\)は\(S\)に比例しているため、微細化をすれば電流量をへらすことができるというメリットが受けられる。
メモ
単語
- LLGS方程式 磁化ベクトルの歳差運動を表した式。 端的に言えば, (磁化ベクトルの歳差運動)=(有効磁場が磁化ベクトルに与える方向)+(dt分前の与えられた力の向き)
- Juliereモデル 簡単に言えば、TMRを示すモデルのこと。 1975年に発表したFe・Ge・Coの接合膜においてTMR効果がJuliereによって発表された。その現象を指す。ついでではあるが、当時のTMR比は14%程度である。
- 磁気抵抗効果 外部磁場によって電気抵抗が変化する現象のこと。 1856年にウィリアムトンプソンが発見した。当時は5%程度の変化しかなかった。
- 巨大磁気抵抗効果 GMR(Giant Magnetro Resistive)効果とも。 金属の磁気抵抗効果に比べ、1nm程度の強磁性薄膜と非強磁性薄膜を重ねた多層膜には数十%以上の磁気抵抗比を示すものがあるということ。 フェールとグリューンベルグによってこの効果が発見された。これは2007年のノーベル物理学賞にも選ばれている。 当時はスピンと電気抵抗が関係していることが非常に新しかった。スピントロニクスの先駆けである。
- VCMA効果 Voltage Control Magnetc Anisotropyの略。 磁性体表面に電界を印加すると、その磁性体の磁気異方性が変化する効果のこと。
- 磁気異方性 磁化の安定性が結晶構造により異なること。自発磁化の向きやすさが結晶方位に依存することを元とする。
- スピンホール効果(Spin Hall Effect:SHE) 電流からスピン流を作る現象のこと。ローレンツ力で↑スピンと↓スピンを分離することにより、スピン流を生成する。 逆にスピン流から電流を得ることもできる(逆スピンホール効果:ISHE)。
- 相転移 ある相が別の相に変わること全般を指す。 磁気工学においては磁気相転移のことをいう。 温度に応じて常磁性、強磁性、反強磁性
調べること
- 酸化ハフニウム(HfO2)
- IGZO
- コアメモリ
- 磁気バルブメモリ
参考文献
- 佐藤勝昭(2014)『磁気工学超入門 ―ようこそ,まぐねの国へ―』共立出版.
- パーマロイとは
- 東北大学大学院応用物理学専攻 安藤研究室
- E-H対応の電磁気学
- E-H対応、E-B対応の違いは以下だと思っているのですが、この考えでよいでしょうか?
- ヒステリシス曲線 磁性体 保磁力 残留磁気 外部磁界 飽和磁束密度 ループ面積 ヒステリシス損 - 1アマの無線工学 H12年08月期 A-02
- 磁気相転移